年中行事

年中行事

お会式(おえしき)

10月16日 午後2時より法要

 日蓮聖人は、弘安五年(1282)10月13日、武蔵の国池上(現在の東京都大田区・池上本門寺)において六十一歳のご生涯をお閉じになられました。

 「お会式」とはその忌日以来、各地の日蓮宗寺院で連綿として受け継がれてきた伝統ある法会です。当山ではこの法要を毎年10月16日に挙行いたしておりますが、日蓮聖人のご法事に当たる法要ですので、樹源寺の年中行事の中では最も重要な法要のひとつとなっています。

お施餓鬼会(おせがきえ)

8月16日 午後2時より法要

 毎年8月16日に執り行われるお施餓鬼会は、樹源寺の年中行事の中で最も盛大な法要です。十数名の僧侶が読経をとなえるなか多くの老若男女がお参りになり、卒塔婆のご供養をしていかれます。

 ご周知のように、仏教では「六道輪廻」を説きます。私共が亡くなりますと、成仏をしない限り、その人の生前の行い(業・カルマ)によって「六道」の何れかに生まれ変わるという思想です。六道とは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六つの世界をいいます。この内「餓鬼」の世界とは、生前に欲張りで嫉妬深い人が陥る世界です。ここには様々な欲求不満をいだく衆生がいて、決して満たされることのないその欲望の炎によって、自分自身の身を焼くという極めて苦しい世界だとされています。

 お施餓鬼会の起源は、お釈迦様のお弟子のひとり目連尊者(もくれんそんじゃ)が餓鬼界に堕ちたご自分の母親を救われたという故事に由来します。

 生前欲深く自己中心的だった目連尊者の母親を救うには、「汝の母のみならず餓鬼界に堕ちた全ての霊位を救わんとする広く大きな心が必要である。供養を他にも施し共に分け与えることによって、お前の母は救われるであろう」というお釈迦様の教えに基づく法会が「お施餓鬼会」なのです。
 お盆棚経が亡きご家族やご先祖に対する追善供養であるのに対して、お施餓鬼会は、ご先祖はもちろん法界すべての霊位を鎮魂するための法会といえます。

お盆棚経(おぼんたなぎょう)

7月13日・8月13日 午後4時より法要

 お盆の正式名は「盂蘭盆」(うらぼん)といい、サンスクリットの「ウランバーナ」の音写です。これを意訳すると「倒懸」(とうけん)、つまり「さかさまに吊り下げられる苦しみ」という意味があります。このお盆の由来は『仏説盂蘭盆経』に基づくといわれていますが、もしも亡きご先祖が倒懸の苦しみを受けていたとしたらお救いしたい、という真心からはじまったご供養が「盂蘭盆」なのです。このお経典には亡き母の恩が強調されていますが、お盆とは、現在ある父母、先祖、亡き父母の恩に感謝の誠をつくす日でもあります。

 当山では、毎年、7月盆の方には7月13日の午後4時から、八月(月遅れ)盆の方には8月13日の午後4時からお盆棚経の法要が行われています。

お彼岸棚経(おひがんたなぎょう)

3月春分の日・9月秋分の日 お中日、正午より法要

 お彼岸の原語はサンスクリットの「パーラミーター」の音写である「波羅蜜」(はらみつ)という言葉に由来します。この「波羅蜜」を意訳すると「彼の岸に到る」という意味をもつ「到彼岸」(とうひがん)という言葉になります。

 この「彼の岸」=「彼岸」とは、迷いの無い仏様のお悟りの境地を意味しますが、これに対して私共が生きている煩悩と迷いに満ちた世間を「此の岸」=「此岸」(しがん)といいます。
そして、迷いの「此岸」から悟りの「彼岸」に到るための仏道修行を「到彼岸」すなわち「波羅蜜」というのです。

 ところで、お彼岸のお中日である「春分の日」と「秋分の日」は、太陽が真東から出て真西に沈み昼と夜の長さが同じになります。古代の日本人はこの現象を、此岸(迷いの世界)と彼岸(悟りの世界)が最も接する時期だと考え、お中日を中心にした前後7日間を、自ら彼岸に到達出来るように仏様の教えを守り精進する日とし、同時に、先祖を偲び今在る自分を育んでくれた周囲の全てに感謝する日、「お彼岸」としたのです。

 当山では毎年、春と秋の彼岸中日の正午から棚経法要を行い、多くの参詣者と共に総檀方中先祖代々の霊位に対してご回向を捧げています。